早稲田応用化学会・第26回交流会講演会の報告(速報)

日時 :2013年12月7日(土)15:30〜17:15  
場所 :57号館 201教室  引き続き 63号館 馬車道で懇親会

講演者 :長田 義仁氏
北海道大学名誉教授、独立行政法人 理化学研究所客員主管研究員、理学博士
  • 新16回、篠原研、1966年早稲田大学応用化学科卒業、1970年モスクワ大学で学位取得
  • 1974年4月 茨城大学助教授、1984年10月 茨城大学教授
  • 1992年4月 北海道大学理学部教授
  • 2003年5月 北海道大学 副学長
  • 2008年4月 理化学研究所 基幹研究所 副所長
  • 2012年4月より現職


演題 : 『ゲルのサイエンス ;生物の基本物質は全てこれで出来ている』

― 人工筋肉から超高強度や超低摩擦ゲルの創製まで ―



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河野交流委員長の司会のもと、同門先輩である下井応用化学会会副会長のユーモアを交えた挨拶、講師紹介の後、教員・OB ・一般70名、学生31名、合計102名(受付ベース)の聴衆を対象に講演が始まった。


河野交流委員長

下井副会長

長田義仁氏

長田義仁氏の講演要旨

本講演会は、学生、一般OB、長田氏同期、演者の教え子等々多層な聴衆であったが、演者は、それぞれを対象に多種のメーセージを、講演を通じて発信された。特に若い学生諸君に対しては冒頭何か心に残ることを届けたいと明確に述べられた。


会場全景

法則をその必要性から考え、そして0から作ること等モスクワ大学で体得した研究哲学をベースに、今まで演者が構築してきたサイエンスの世界を最もエッセンシャルなところや、演者が頭の中で繰り返し反芻されてきたイメージを丁寧に説明することから講演が始まった。それ故現在、学会等で評価されている成果、今後注目されると考えられる成果に関しては駆け足にならざるを得なかった。本速報では、当日の講演会の様子を臨場感をもって伝えることを主眼とした。興味ある諸兄姉はすでに報告されている原著論文への遡及をお願いしたい。


    ・ まず大学紛争が続きロックアウトが続く早稲田大学の当時の状況、研究への渇望からロシアの大学博士課程に進学することを決めた経緯に触れられ、当時新進気鋭のカバノフ教授へ師事したことが紹介された。さらにモスクワ大学の全景やそれが立地する小高い丘で全焼しているモスクワの街をナポレオンが見渡したこと等の歴史的エピソードも紹介された。
    ・ 次に日本の大学教育とロシアの違いを論じた。日本の教育は教科書の内容を理解して使えるようにすることを目的としているのに対して、当時ロシアでは法則を作る必要性から考察を始めた。そして0から法則を作る訓練をした。今後の研究者として教育者としての演者の考え、立場を明確に示した。
    ・ 何よりも自分の頭で考えて適切な課題を設定することは大変重要である。講演は理想の材料とはという課題を提示しそれに対する考えを展開することから講演を始めた。このような課題に対する解を研究者個々が求めて提案することがまず必要がある。当然それらは個々異なるものになるが、提案して議論することが社会を進歩させる原動力となるという認識を持つ必要がある。今まで材料は、金属、無機(セラミックス)、有機(プラスチックス)に分類でき、硬い、丈夫、変化しないという物性が要求されて続けている。しかし現在それらで築かれた文明に、資源や環境等の問題が出てきている。今後21世紀の求められる材料は、今までと正反対の物性であるやわらかい(粘弾性的)、なくなる(自然に帰る)、変化する・動くことと設計することが理想の材料となるのではないか。すくなくともこのような課題を設定することで現在の問題を解決する糸口となると考える。そしてそれらの求められる機能としては、自己循環、自己修復、自立応答、エネルギー変換、変形運動、記憶スイッチ、センシング等とした。また求められる要素としては、水の存在を必須とし、イオン、電子、分子による情報伝達を考える。
    ・ これらはまさに生物の機能原理であり、目標としてはまだ本質的なところではよく理解されているとはいえない生物の原理を追求することとも一致する。例えば現在鳥がどうして飛ぶか、その効率や動きもわかっていない。解答はなかなか難しいが原理を追及するという意識を持っている必要がある。現在我々の周りには水を有している材料などはない。また情報の変換、伝達等には電子だけでなく、イオンが重要である。生物の反応の特徴でもあるカスケード反応はその一部分を切り取って理解しても本質には近づけない。演者は近年、分子情報生命科学という領域を創設し、動物の運動を中心に研究を進めてきた。それはまさにゲルを対象として科学することと同意義であると考えられる。
    ・ モーターが動力でありボールベアリングを用いているロボットと、動力は筋肉が担い摩擦はすべり摩擦で、しなやかで自在に走るヒョウの動きをムービーで示し、機械と生物の違いを聴取者に直観的に分からせた。
    ・ ここで人工機械と生物運動を比較して解決すべき課題をまとめてみる。前者がハードでドライに対して、後者はソフトでウエットであり丈夫な材料設計が課題となる。前者のボールベアリングに対して、後者は関節であり低い摩擦係数の実現が課題となる。前者は物質そのものが動かないのに対して、後者はナノレベルの変形があり、ナノ測定制御が課題となる。前者が要素とシステムは分離可能であるのに対して、後者は分離できずにインテグレートされており、増幅機構が課題となる。前者が閉鎖系であるのに対して、後者は自律分散系であり階層をもった創発が課題となる。
    ・ 各種素材と生物由来の素材の力学的性質を、SS曲線を描き観察するとナイロン、ポリイミド等はその曲線の傾きは異なるが、ひずみと応力は直線となる。すなわち伸びとともに応力は増加する。これに対して生物素材である牛の腱は、伸びとともに弾性率が低下する。この曲線を積分すると仕事量となるが、直線とならないので結果的に仕事量をセーブすることとなる。その他海藻等やわらかくしなやかな素材は生物素材に多く見出すことができる。
    ・ ゲルを研究対象とするとき一般に我々が持っている液体や固体の概念では議論出来ないことを、ステンドグラスの経年での厚さの不均一性(上方から下方に数百年たち流れている)から話を始め、de Gennesが整理したスケーリング則の立場で議論することを述べた。直観的に聴衆が理解できるように、ムービーで早い回転速度で水面を蹴ると水面を歩くように移動することができるトカゲを例に、液体/固体は時間と空間との関係で相対化し理解する必要があることを示した。具体的にはDeborah number De=Tc/Tp の概念を提示した。Tc物質の緩和時間とTp観測時間の比が1以下では液体として、1以上では固体としてみなすことができる。
    ・ 以上の長田ワールドのモチベーションとゲルのサイエンスに係る基礎知識を踏まえて今までの演者の研究成果の一端の紹介が始まった。
    ・ 20年ほど前には演者はゲルを化学的な力で動かすことに成功し学会でも注目されこの領域に参入する研究者も増加した。これの延長上に人工筋肉はあると演者も考えていた。しかしゲルは魅力的な材料でしなやかではあるが、欠点として力学的強度が弱いという問題がありマクロの世界での活用は難しいと考えられた。そこでまず弱いゲルを強くし、丈夫なゲルを作ることをとした。ゲルの機械的強度の低さは、その不均一な網目構造に起因し、外部から加わった応力が少数の高分子鎖に集中しそこから破壊が起こると考えられる。そこで柔軟に変形できるポリアクリルアミドゲル(0.1J/m2で破壊する)と硬くて脆いポリ2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸ゲル(10J/m2で破壊する)よりなるダブルネットワーク構造を有するゲルを創製した。結果的に100-1000J/m2までの圧縮ストレスにも耐える生物組織(筋肉)なみの強いゲルとすることが出来た。その理由としては、ダブルネットワーク構造とし張力を支える成分と力を逃がす成分をうまく組み合わせることで、単に2種類の高分子の絡み合いだけでなく2種の高分子が相乗的な働きをしている為と考えられる。
    ・ 次に摩擦の問題を取り上げた。いままで生物の摩擦はあまり研究されてこなかったが、今後バイオトライボロジーとして重要な領域となると考えている。生物は、組織と組織の間が実に滑らかに動くことが生物運動の大きな特徴の一つである。我々は眼球を動かし瞼を閉じても少しの抵抗も感じないし、毛細血管でも血球が詰まることなくスムーズに流れている。関節の滑り摩擦係数は10-2〜10-3でしかない。
    ・ 一般に固体間の滑り摩擦力Fは、荷重Wに比例して増大する。F=μWで示され、比例乗数μは摩擦係数と呼ばれ、接触面積や滑り速度などの条件によらず各個体固有の値を示し0.2〜1.0である。アモントン・クーロンの法則と言われている。このように単純な式で表現される理由は時代を経て明らかになったが、固体表面はたとえ研磨されていても分子レベルで見れば大きな凹凸があり、固体同士の接触では凸部どうしのみで起こり、荷重により押しつぶされた後の真の接触面積が荷重によって決まることによる。摩擦係数がなぜ摩擦速度によらないかは未だよく分かっていない。一方流体潤滑はニュートンの粘性則に従う。F=ηvA/hで、ηは流体の粘性率、vは相対速度、Aは面積、hは流体膜の厚みである。ゲルはどのようになるかスケーリング則の立場で研究した。
    ・ ゲルは、3次元高分子網目構造が多量の溶媒により膨潤した物質である。ゲルはその構造から柔らかいながらも固体のようにその形状を維持しつつ、一方で内部の溶媒が液体と同じような自由度をもつ。ゲルの摩擦は、荷重があるほうが軽く動く場合さえあり、接触する面積にも関係する、種々の素材を用いて実験を行いGongとともに理論を作り、1999年Gong-Osadaの式F∝APαf(v)として提出した。ゲルの摩擦力Fは見かけの接触面積Aに依存し、圧力P(P=W/A)のα(-1〜1)乗に比例し、滑り速度vの関数(接触界面における相互作用の仕方、滑り速度と高分子網目の緩和時間の大小関係)に依存する。
    ・ これらの研究を通じてゲルの摩擦力を小さくするには、ゲルと基板との吸着相互作用をいかに減らすかが重要であることが示唆されゲル表面に自由鎖を有するゲル構造とすることで実現することを確認した。表面ブラシ構造と名付けているが摩擦係数を10-5乗のレベルで有する超低摩擦の物質を作ることができた。
    ・ 本講演で紹介する最後の課題は、ナノ測定の問題、創発 の問題である。今までに分子で動かすものはなく、そのレベルの機械をつくるが目的となる。その為に、ナノ測定の方法論を開発した。ナノオーダーで金をゲルに蒸着することでゲルの変位をナノメートルのオーダーで測定できる。今後の課題はいかに変位を大きくさせるかが目標となるが、測定の方法論を確立できたので将来の人口筋肉設計には必須となると考えている。
    ・ 生物のエネルギー創出の原理を考えてみたい。エンジンは、重量が0.3〜1kg程度で8万kW程度の仕事をすることができる。オーダーで比較すると10の5乗倍である。同じくモーターでは10の7乗倍程度である。しかし生物の筋肉(ヒトではミオシンとアクチンがATPを使い仕事をする)ではこれが10の22乗倍程度と計算される。どうやって増幅しているかということを理解することを課題として設定した。創発という概念を提案しそのゲルを用いたモデルも提案した。 生物の運動は、モータタンパク質と呼ばれる分子の運動によって構成されている。これはいくつか種類があるが、演者は細胞骨格タンパク質であるアクチンや微小管の重合・脱重合によるトレッドミルマシンに注目している。この分子自体が変形できるのは、数ナノメートル程度で出力は数ピコニュートンと非常に小さいが、生物の運動組織では、数個〜数億個を超えるモータタンパク質が並列・協調的に働いて筋肉のように大きな運動を起こしている。これは生物の持つ高度な階層構造が運動の集積化・増幅を可能にしていると考えている。
    ・ 生物が有する一瞬にして動く増幅機構に関してはサイエンスで未解決の課題であり、それを創発と称しているが、この原理を学理として持つ必要があると考える。どの程度重要な課題を問題提起したかが重要であると考えているが、この課題を提起できたことに大いに満足している。

    ・ トレッドミルマシンであるアクチンや微小管を架橋することで振動子として機能するゲルを創製した。具体的にはアクチンや微小管を化学架橋でネットワーク構造化し、ダイナミックな物性変化を示す機能性ゲルを作った。これらは、塩濃度、温度、シェアによってゾルーゲル転移を起こす。すなわち自己修復能も有しているということも出来る。このアクチンゲルはATPにより振動し、トレッドミルマシンとして機能する振動子と考えることができる。この振動現象は、化学架橋しないと現れない。ゲルでネットワークとすると(ひとつの連続体とする)協調する。どうして起こるかはまだはっきりとは分からず未解決の問題ではあるが、ネットワークとすると協調してシンクロナイズする。そして大きなパワーを出せるし、ネットワークする前のものより10倍程度早くなるし、直線運動から回転運動となることも観察している。
    ・ 今までに何が出来たかについては、最初に提示した課題に関してはほぼまとめることが出来ていると自負している。しかしこれらはいわば要素技術と考えることができる。やり残したことは、これらの要素技術を組み合わせて自律分散性、分子情報をやりとりするシステムをつくることが残されている課題と考える。


    講演会風景



質疑応答

講演終了後時間の制約があったため、公式には3つの質疑応答しかできなかったが懇親会、2次会と延々と質疑応答が続いた。

    Q1;メタンハイドレードは、砂岩に存在しているが、その周りを水分子で囲まれた構造をしている。そういうものを取り出していいものであろうか?
     A1:メタンハイドレードは確かにケージ構造をしている。また共存する水分子がどのような性質かはまだわかっていないのは事実である。

    Q2;本日ご紹介頂いたWネットゲルの素材としての活用に関してその可能性も含めて教えてほしい。また架橋度の小さなゲルに酵素等の生体物質を入れてさらに高度な機能を発現させる研究等のご経験はあるか?
     A2;Wゲル研究は北大のGong教授が精力的に進めている。 多糖類を用いて強度的にもさらに強いゲルや形状記憶ゲルや、切断しても自己修復するゲルも発表している。生体物質をゲルに入れる研究は、アメリカのメリーランド大学で行われている。DNAを入れてタンパク質を作る研究もある。
    Q3;ゲルに人工遺伝子をいれて新規なタンパク質を設計するような研究のご経験はあるか。
     A3;理研では大腸菌を用いて人工的なペプチドを設計し材料とする研究は行っている。 但し遺伝子に関しては、倫理的な問題もあり手を出さないこととしている。遺伝子は扱わないが、細胞内に入りやすいタンパク質の設計等タンパク質は扱っている。

講演所感

課題設定が如何に重要であるかを再認識する講演であった。 ゲルという領域で種々の課題を設定し、原理原則を導き出す努力を継続されるとともに、将来の新規素材提案の端緒まで今まで構築されてきた長田ワールドの一端を一般聴取者にも示して頂いた。冒頭でも述べられたが、これから仕事や研究を展開する若い学生諸君は何かを得て帰ったものと思う。OBの皆様もそれぞれの立場で何かをイメージし満足感を味わえたとものと考えている。また早稲田という場で多くの人々が新しいエネルギーを創発できるのではないかという期待をも抱かせる講演会であった。


講演会のスナップ写真集は → こちら

<懇親会>

中川交流副委員長司会のもと、冒頭、河村会長からの開会の挨拶に続き、同門の西出教授が講演会参加に続き、乾杯の発声と挨拶を頂いたのち懇親会が開始され多くの聴講者が参加した。懇親会では多層の参加者がいたるところで講演に関して、またその他の話題で歓談し、同期も演者のそばを離れず話がはずみ懇親を深めた。また演者も研究者として教育者としてまたOB、同期として精力的に歓談頂き、教員・OB・学生それぞれとの絆を深めることが出来たと考える。最後に演者により挨拶を頂き、三浦副会長の閉会挨拶、学生委員会の永田雅人君の一本締めで閉会となった。






懇親会のスナップ写真集は → こちら